東京地方裁判所 昭和29年(レ)91号 判決
控訴人が控訴人と被控訴人間の東京都中央区日本橋浪花町十番地の九所在宅地三十一坪三合六勺に関する賃貸借契約に基き昭和二十五年十一月二十九日より昭和二十七年八月一日迄は一坪につき一ケ月金七十六円昭和二十七年八月二日以降は一坪につき一ケ月金百五十七円の割合で、賃料請求権を有することを確認する。
被控訴人は控訴人に対し前項の割合による金員の支払をせよ。
控訴人その余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通しこれを三分しその一を控訴人その余を被控訴人の負担とする。
二、事 実
控訴代理人は原判決中原告その余の請求は之を棄却すとある部分を取消す控訴人は控訴人と被控訴人との間の東京都中央区日本橋浪花町十番地の九、宅地三十一坪三合六勺に関する賃貸借契約に基き昭和二十五年十一月二十九日から昭和二十七年八月一日迄一坪につき一ケ月金百四十円、同年八月二日からは一坪につき一ケ月金二百円の割合で賃料請求権を有することを確認する。被控訴人は控訴人に対し右割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴人は控訴人の控訴を棄却する、との判決を求めた。
当審に於ける当事者双方の事実上の主張は、控訴人の左記主張の外原審判決事実摘示と同一である。
控訴代理人は、控訴人の前主臼井長治外一名が昭和二十五年十一月二十八日到達の書面で被控訴人に賃料値上げ請求をしたのは借地法第十二条の土地に対する租税その他の公課が増加し土地の価額並に諸物価が昂騰し経済事情に著しい変動があつたためである。即ち値上請求前の本件土地の統制賃料は一ケ月金三十五円八十六銭である。この統制賃料は昭和十四年勅令第七百四号地代家賃統制令をもつて昭和十三年八月四日現在の賃料に停止せられて以来、昭和二十五年七月一部解除せられるに至るまでの間僅かに値上されただけで殆んど停止されていた賃料額である。その間物価は昭和十三年九月の物価指数一二七が昭和二十五年九月には三三、六四三と約二六五倍となり、土地価格は昭和十三年九月の六大都市市街地価格指数一〇二が昭和二十五年九月には五、五二七と五四倍強に昂つた。公租公課についても地代の停止せしめられた昭和十三年当時に比し昭和二十五年度に於て著しく増加したことは顕著な事実で、同年度の本件土地の固定資産税のみでも月額一坪につき金二十六円四十銭である。又本件土地の価格は昭和二十五年度の賃貸価格は一坪当り二十二円であるから、その九百倍の一坪一万九千八百円が固定資産税賦課基準価格であつて、更地としての実際の価格は一坪当り金二万二千円を相当としたものである。
本件土地は中央区日本橋人形町電車通りより約二丁、明治座に約二丁の位置にあつて、表は幅約四間半、裏は幅約二間の公道に面し、所謂戦前の許可地で粋な下町の中心地で、戦後一時さびれたが昭和二十五年には戦前のかつての賑盛を取戻したのである。
而して本件土地については昭和二十五年政令第二二五号(昭和二十五年七月十一日公布施行)により統制より除外されるに至つたので、前記課税基準価格一坪金一万九千八百円を元本とし、その年一割金千九百八十円を一ケ年の利潤とし、その十二分の一である金百六十五円を一ケ月の賃料として計算した額が値上げ請求した賃料である。
控訴人が昭和二十七年八月一日到達の書面で被控訴人に賃料一坪につき一ケ月金二百円に値上げ請求したのは一般物価に於て昭和二十五年九月の卸売物価指数二四、八八五が昭和二十七年九月に三三、二五四と三割三分強、土地価格に於て昭和二十五年九月の指数五、五二七が昭和二十七年九月に一三、八四七と二倍半強、本件土地課税標準価格に於て昭和二十五年度の金一万九千八百円が昭和二十七年度に金二万三千五百四十円に即ち一坪一ケ月金二十六円四十銭が同金三十一円四十銭に上昂し、昭和二十七年九月当時の本件土地の実際価格が一坪金五万九千円となつたからである。
而して被控訴人は前所有者の買受価格、比隣の賃料との比較を主張しているが前者は控訴人の否認するところであり、後者は統制中のもの若くは統制解除後未だ値上を行わない時の事例であるから比較の対象とはならないものである。
仮りに昭和二十七年八月二日以降の賃料一ケ月一坪につき金二百円が相当でないとしても昭和二十八年八月一日以降の賃料は一ケ月一坪につき金二百円とすることは認容さるべきである。
と述べた。
<立証省略>
三、理 由
(一) 本件土地が元清水栄蔵の所有地で、被控訴人が同人より賃借し、本件土地上に建物を所有し、該建物は東京毛皮貿易株式会社の事務所及び営業所に使用されていること、右土地を訴外臼井長治、同君塚春吉が昭和二十五年九月買受けて共有していたが控訴人は昭和二十七年五月一日右君塚の共有持分を、同年六月十日共有物分割により右臼井の共有持分を各譲受け、被控訴人との賃貸借契約を控訴人に於て承継したことについては当事者間に争がなく、本件土地が会社の事務所及び営業所に使用されている建物の敷地であることも当事者間に争のないところであるから昭和二十五年七月十一日政令第二二五号により改正された地代家賃統制令第二十三条第二項第三号により本件土地賃料については右政令公布施行の日より賃料の統制が解除されたものであることはいうまでもない。
(二)(1) 訴外臼井長治同君塚春吉等が昭和二十五年十一月二十八日到達の書面を以つて被控訴人に対し本件土地賃料を一坪につき一ケ月金百六十五円に値上請求したことについては当事者間に争がなく、成立につき争いがない甲第十六号証の第三表によると、日本勧業銀行調査六大都市市街地価格指数平均が昭和二十一年一月一四三、昭和二十五年三月二八六八、同年九月三二九三、昭和二十六年九月四六三二、昭和二十七年三月五七三二であることが認められ、成立につき争いない甲第四号証の鑑定理由中「所在位置」、「物件の現状」とそれぞれ題する部分及び証人熊倉信二の証言を綜合すると本件土地は都電人形町停留所東方約三丁の地点に在つて浜町より両国橋に通じた元電車路線十二間道路の裏通り四間半道路に面して所在し右都電の外地下鉄三越前駅東方約十丁、国鉄浅草橋駅又は神田駅に約十四丁の地点に当り、稍利便を欠いでおり、所謂浪花町花柳街の中心地に近い東部分にあり道路に向い略L形状をなし南北に一尺五寸差の高低があり近隣は会社の営業所、問屋風の店舗、料亭等が集団し小売店は少く商店街としての立地条件は概して良好ではなく、而して三業地帯としての一般景気も他の花柳街と比較し稍低調であることが認められ、又公租公課が昭和十三年度に比較し昭和二十五年度が著しく増加していることは一般公知の事実である。
(2) 土地賃料は賃貸人が賃借人に土地を使用収益せしめる対価として支払われるものであるから、賃貸人の賃貸土地資本に対する利潤相当額でなければならない。従つて土地賃料算出の公式は
土地賃料=元本となる土地価格×土地資本利率+固定資産税+管理費其他
となるべきものと考えられる。
(イ) 元本たる土地価格を定めるについては、(一)終戦後における土地価格の急騰を考慮せねばならないが、この価格の上昂は賃貸人、賃借人のいずれかの投資による所産ではなく、戦後の所謂インフレの結果であるので、昭和二十五年十一月の賃料値上請求時迄の地価上昇による利益は賃貸人賃借人に折半して享受せしめるのを至当とする。而して成立に争いない甲第十六号証の第三表により、六大都市市街地における地価の平均指数の変動を見ると、昭和二十一年一月を境として以後顕著な上昇の現象が観察せられるから、右の地価上昇による利益折半の計算をなす基準の時点としては、昭和二十一年一月を選ぶのを相当とする。従つて
昭和25年11月当時の元本となる土地価格=昭和21年1月当時の土地価格+(昭和25年11月当時の土地価格-昭和21年1月当時の土地価格)÷2
となる。(二)然しながら一般物価の変動に伴う土地価格の変動と、この土地価格変動による土地賃料額の変動とは必ずしもその時期において一致するものではなく、少く共凡そ六ケ月の差を伴うと見るのを相当とするから、昭和二十五年十一月における賃料算定の基礎たる土地価格を算出するには同年五月における土地価格を根拠とするのが相当である。故に右公式の括弧内は(昭和25年5月当時の土地価格-昭和21年1月当時の土地価格)と修正せられる。(三)而して右公式の各項たる各土地価格に対しては更地の価格を以て擬すべきではない。なんとなれば、賃貸借契約時においていわゆる権利金手数料等の名目を以て賃貸人たる土地所有者側に回収せられる価格のある時は、それを更地価格から減じたものを以て投下土地資本額とすべきことはもとより当然のことであり、而して先に認定した本件土地の立地条件等を斟酌すると、右土地所有者側に回収せられる価額は戦後において少くも地価の二割を下らなかつたものと考えられるからである。よつて更地価額の八割を以て本件土地の賃貸借価額とするのが相当である。(四)而して前認定の指数昭和二十五年三月の二、八六八、同年九月の三、二九三から、同年五月の指数は三、〇一〇と見るのが相当である。(五)而して証人藤倉信二の証言によつて成立を認めうる甲第九号証によれば、昭和二十八年六月における前記基準による更地価格指数は、一四、三三一、更地価格は坪当り金十万円とそれぞれ推認することができる。(六)以上をとりまとめて、前記公式によつて計算すると、昭和二十五年十一月当時の本件土地賃貸借についての元本となる土地価格は坪当り金八千八百六円となる。
(ロ) 次に土地資本に対する利率については、土地に対する資本投下は建物に対するものの如く消却費を伴う必要がなく、又一般に他の投下資本に比し危険性少く、従つて営利的性格に乏しいものであることに鑑み、民事法定利率たる年五分によるを相当とする。
(ハ) 昭和二十五年度における本件土地固定資産税額が月額一坪につき金二十六円四十銭であることは被告の争わぬ所である。
(ニ) 土地自体には純然たる管理費としては左程要しないが、土地には固定資産税の他所得税もかかるので、これらを含め固定資産税額の二割と見るのを相当とする。従つて月額金五円二十八銭となる。
(3) 以上を綜合すると、昭和二十五年十一月における本件土地賃料は前記第一の公式により、坪当月額金七十五円七十一銭と算出されるから、四捨五入して金七十六円を以て同年十一月二十九日における賃料額と認めるのが相当である。被控訴人は比隣の地代が一坪につき一ケ月金四十円内外であることをも斟酌すべきものであると主張するが、成立に争のない乙第二三号証によれば本件土地の近隣土地の地代は甚だ区々であり且つ住宅用地と営業用地との区別も明確でないことが認められるのみならず、統制令適用の解除後若干の期間にあつては比隣の地代との比較を重視することは適当でないと考えられるから、被控訴人の右主張は採用しない。
(三) 而して控訴人が右値上による右日時以降の賃料債権を前権利者より昭和二十七年六月十日譲受け、同月十一日到達の書面で前権利者より被控訴人に譲渡通知のあつたことについては当事者間に争がないのであるから、控訴人は被控訴人に対し昭和二十五年十一月二十九日以降の本件土地坪数に対する右値上額の割合による賃料を請求する権利がある。
(四) 次に控訴人は昭和二十七年八月一日到達の書面を以つて被控訴人に対し本件土地賃料一坪につき一ケ月金二百円に値上げ請求をなし被控訴人は右の意思表示のあつたことは認めその値上額について争つているので検討するに、前記土地価額算出の公式を適用すれば
昭和27年8月当時の土地価格=昭和25年11月当時の土地価格+(昭和27年8月当時の土地価格-昭和25年11月当時の土地価格)÷2
となるべきであるが、前記のように、土地価格については半年の遅れを見るのを相当とするから、この式は
昭和27年8月当時の土地価格=昭和25年5月当時の土地価格+(昭和27年2月当時の土地価格-昭和25年5月当時の土地価格)÷2
と修正される。而して前認定の指数昭和二十六年九月四六三二、同二十七年三月五七三二から、同年二月の指数は五五四九と見るのが相当であり、前認定の数値と合せてその他の条件は前同様として右公式によつて計算すると、土地価格は坪当り金二万三千八百九十二円となる。而して成立に争いない甲第六号証の二により認められる昭和二十七年度の本件土地固定資産評価価額より算出する固定資産税額を坪当り月額に換算すると金三十一円四十銭となるから、管理費其他をその二割とすれば、前記第一の公式により、昭和二十七年八月における本件土地賃料額は坪当り月額金百五十七円十四銭となるので、四捨五入して金百五十七円が昭和二十七年八月二日における本件土地賃料額と認められる。
従つて控訴人は被控訴人に対し昭和二十七年八月二日以降本件土地に対する右値上額の割合による賃料を請求する権利がある。
(五) 終に控訴人は昭和二十八年八月二日以降賃料一ケ月一坪につき金二百円の賃料確認を主張しているが控訴人は被控訴人に対し昭和二十七年八月一日以降に於て賃料値上の請求をしたことはないのであるからこの主張は失当である。
(六) 右の如く控訴人の請求は主文第一、二項の限度に於て正当であるからこれを認容し、その余の請求はこれを棄却し、これと同旨でない原判決を変更することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第九十二条本文を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 近藤完爾 山本実一 倉田卓次)